ゴルファーなら1度はラウンドしてみたいと憧れる、マジェスティオーナーズクラブのコンペの開催場所としても知られるこのコースを詳しく紹介!今回はこのコース!
画像: 深いバンカーに小さなグリーン、ティーショットの正確性に加え、小技のうまさも試されるコース

深いバンカーに小さなグリーン、ティーショットの正確性に加え、小技のうまさも試されるコース

昭和初期、手賀沼周辺は風光明媚な地で、志賀直哉、武者小路実篤、陶芸家のバーナード・リーチなど当時の文化人が別荘を構え「北の鎌倉」と称されていた。青年町長の染谷正治にゴルフ場の建設を進めたのは文人・杉村楚人冠だった。

 1930年10月に開場。最初の18ホールは6503ヤード、パー71というものだった。残されている「我孫子ゴルフリンクス平面図」の欄外には「本設計ハ赤星四郎、六郎両氏ガ巧ミニ地形ヲ利用シテ・・・」と書き込まれていた。

 終戦後、米軍の接収を免れいち早く日本人専用のゴルフ場として再開を果たし、昭和27年に井上誠一によるコース改造、修理が施された。

 深いバンカーと小さいグリーンによることから、我孫子で育ったゴルファーは小技に秀でていたためそのスタイルは「我孫子流」といわれた。

 2012年、10カ月クローズしてブライアン・シルバによりコースが改造され、2グリーンから1グリーへとされた。それまでグリーン周辺が狭かった印象だったが1グリーン化で狙いがより明確になり戦略性はかなり高まることになった

 6番ホールは自然の地形を最大限に生かして造られていて、フェウェイはほどよいうねりを持つ。ティショットの落下エリアは大きな窪地で、2打目をどの方向に打つかが問われる。グリーン右手前には大きな木があり、その木の右か、それとも左から攻めるかで結果も大きく異なってくる。その理由は、右からのルートではグリーンは直線的に攻めることができるからだ。もちろんゴルファーの技量により、攻略の選択肢はいくつか存在し、腕前を試されるHC1のホールでもある。

 改造後にプレーした印象は、整えられた林間とともにプレーしやすく感じたのは、やはり1グリーン化による恩恵に違いない。次の100年を見据えての改造は成功していると断言できるだろう。

我孫子ゴルフ倶楽部

千葉県我孫子市岡発戸1110

18H/6923Y/P72 開場/昭和5年 設計/赤星六郎

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